白川郷へ

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 合掌造りが建てられ始めた近世の時代の白川郷は江戸幕府の直轄地「天領」でした。近世飛騨の国の最南西端に位置し隣国加賀藩領「五箇山」に隣接する国境の村として物資の流通も盛んに行われました。白川郷は庄川流域文化圏を基軸とし、飛騨、越中双方の文化が入り混じり、独特の文化が形成されていきます。その最も顕著なものが合掌造りの建築様式と言えます。また霊峰白山の麓という最も厳しい自然環境に適応しながら生きてきた様々な風土風習が育まれ、白川村南部、北部に見られた「大家族」制などはその最たるものです。山の暮らしの息吹が今なお息づく白川郷は「結の屋根葺き」に見られる人々の絆により、現代にその姿を繋ぎとどめています。